人的資本経営とは?開示・ISO30414・日本企業の実践アクション解説

近年、企業の持続的成長において「人的資本」の重要性が急速に高まっています。従来の「モノ」や「カネ」といった有形資産中心の経営から、ヒトの能力や多様性、イノベーションといった無形資産へと注目がシフトしています。本記事では、人的資本の定義や人的資本経営の考え方、情報開示の国際指針ISO30414、日本企業が求められる開示内容、実務的なアクション案までを体系的に解説。人的資本時代をリードするために必要な知識をわかりやすくご紹介します。

目次

この記事では「人的資本」について、基礎から実務まで網羅的に解説します。初めて学ぶ方から経営者・人事担当者まで、どなたにも役立つ構成です。

1. 人的資本とは?

2. 人的資本経営とは?

3. 人的資本の情報開示が重要とされる背景

4. 人的資本開示の指針となる「ISO30414」

5. 日本企業に求められる開示内容

6. 人的資本の開示に向けた3つのアクション案

7. 人的資本の情報開示は人事部門の変革のきっかけになる

8. まとめ

人的資本とは?

ここでは、人的資本の定義や人的資源との違い、経済的意味について詳しく解説します。

人的資本の定義と概要

人的資本とは、企業や社会、個人が持つ「ヒト」の能力やスキル、経験、知識、健康状態、モチベーションといった要素を「資本」として捉える考え方です。
従来の「モノ」や「カネ」といった資本と同様に、人的資本への投資は将来的な成果や利益を生み出す源泉となります。
企業の採用や教育・研修、健康経営、多様性推進などはすべて、人的資本の向上を目指した活動といえるでしょう。

この「人的資本」という考え方は1960年代に登場し、現代ではイノベーションや競争優位の重要な源泉として注目されています。
人材への投資が企業価値や社会的成長を押し上げることが、さまざまな研究や調査で明らかになっています。
また、従業員一人ひとりの能力最大化が、組織の成長と密接に結びついている点も特徴です。

人的資本の投資は、健康状態の改善や幸福感の向上、社会的結束の強化など、非経済的な利益ももたらします。
それにより、長期的な企業価値向上や持続的なイノベーションにつながると考えられています。

「人的資本」と「人的資源」の違い

「人的資源」はヒトを「リソース=消費されるもの」とみなす従来の発想です。
一方、「人的資本」はヒトを「磨くほどに価値が増す資本」と捉え、その成長や活躍に投資することを重視します。
つまり、人的資源管理(HRM)はコスト削減や効率化が主眼ですが、人的資本経営は投資による価値創造が主眼です。

たとえば、教育研修やダイバーシティ推進に関する費用は、人的資源の観点ではコストですが、人的資本の観点では投資となります。
投資によって従業員の能力やモチベーションが高まり、その結果、企業の収益や成長、イノベーションが促進されるのです。

この違いを理解することで、人的資本というキーワードが経営や人事においてなぜ重視されるのかが明確になります。
現代の企業経営では、人を単なる「リソース」ではなく「価値を生む資本」として扱うことが競争力強化の鍵となるのです。

人的資本の経済的意味

人的資本は、国家や社会の経済成長を支える基盤とも言えます。
教育や職業訓練、健康増進への投資が、個人の生産性や所得向上を通じて経済全体の成長に寄与するとの考え方です。
この発想は、国連やOECDなど国際機関でも広く採用されています。

企業においては、人的資本への投資が生産性向上やブランド価値向上、イノベーション創出を後押しし、結果として長期的な利益成長につながります。
これは、資本市場でも人的資本への注目が高まる主要な理由の一つです。

また、人的資本への適切な投資は、従業員のエンゲージメントや定着率の向上、働き方改革の推進、ダイバーシティの実現などにも波及効果をもたらします。
人的資本は、企業のサステナビリティ実現に不可欠な要素として、今後ますます重視されるでしょう。

人的資本経営とは?

人的資本経営は、ヒトを資本と捉えその価値を最大化する経営戦略です。ここでは、人的資本経営の定義や目的、実践のポイントを解説します。

人的資本経営の定義と目的

人的資本経営とは、「人材を資本とみなし、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上を実現する経営のあり方」です。
経済産業省もこの定義を公式に採用しており、企業価値創造の中心に人材を据えた戦略的経営が期待されています。
この考え方では、従業員一人ひとりの力を引き出し、持続的な成長とイノベーションを生み出すことが重要視されます。

人的資本経営の目的は、単なる人件費最適化ではなく、人材の成長と企業の成長を連動させることです。
社員の能力開発や働きがい、多様性の推進、健康経営などを通じて、企業の競争優位やブランド価値向上を目指します。

人材戦略と経営戦略を一体化させることが、人的資本経営の最大の特徴です。
人材への積極投資が企業価値向上や市場での信頼獲得につながります。

人的資本経営の実践とポイント

人的資本経営を実践するためには、まず経営ビジョンと人材戦略を連動させることが不可欠です。
企業がどのような価値を社会に提供し、どのような成長を目指すのかを明確にしたうえで、その実現に必要な人材像や育成計画を設計します。

例えば、デジタル人材やグローバル人材の育成、多様性の確保、エンゲージメント向上、ワークライフバランス推進などが実践ポイントです。
また、KPI(重要業績評価指標)の設定やデータドリブンな人事管理も、人的資本経営の効果測定に欠かせません。

経営陣が人的資本の価値をしっかり認識し、現場と一体となって人材育成や組織開発に取り組むことが、企業の持続的成長を支えます。
人的資本経営は、すべての従業員が活躍できる企業文化の醸成につながるでしょう。

世界で進む人的資本経営の潮流

人的資本経営は日本だけでなく、グローバルでも急速に広がっています。
米国では2020年に証券取引委員会(SEC)が上場企業に対し人的資本の情報開示を義務化し、欧州でもESG投資の観点からヒトへの投資が重視されています。

こうした背景には、有形資産(モノ・カネ)中心の経営では競争優位が維持できなくなってきた現実があります。
アイデアや創造性、ノウハウ、ブランドといった無形資産の重要性が増す中、人的資本経営は世界標準の経営スタイルとなりつつあります。

日本企業もグローバルな競争環境を勝ち抜くために、人的資本経営への本格的なシフトが求められています。
今後は経営戦略の中核として、人的資本が位置付けられる企業がますます増えていくでしょう。

人的資本の情報開示が重要とされる背景

ここでは、人的資本開示の国際的な潮流や企業・投資家双方のニーズ、ESG投資との関係性を解説します。

有形資産から無形資産へのシフト

これまで企業価値の大部分は工場や設備、資金など有形資産が占めていました。
しかし、近年では研究開発力やブランド、知的財産、そして人的資本などの無形資産が市場価値の大半を占めるようになっています。
世界的な調査によると、大手企業の市場価値のうち8割以上が無形資産だとされています。

この変化により、企業は人的資本を積極的に開示し、投資家や市場から評価される必要性が高まっています。
無形資産の価値を可視化し、持続的成長の源泉として活用することが、今や経営の必須条件となっています。

人的資本の可視化・情報開示は、企業価値評価の新たな基準として世界的に広まっています。
特にグローバル市場での競争力確保には、人的資本戦略の明確な説明が不可欠です。

投資家による人的資本重視とESG投資

投資家の間でも、人的資本への注目度は年々高まっています。
ESG投資(環境・社会・ガバナンス要素を重視する投資)が拡大する中、人的資本は「S=社会」の重要な柱とみなされています。

企業の人材育成やダイバーシティ推進、健康経営、働き方改革などの取り組みは、ESGの観点からも評価ポイントとなります。
投資家は、人的資本の質や戦略が企業価値にどのように貢献しているかを重視し、非財務情報の開示を強く求めるようになっています。

人的資本の状況が不透明な場合、将来的なリスク要因とみなされ、投資判断に悪影響を及ぼす可能性もあります。
逆に、人的資本情報の充実した企業は、株価のパフォーマンス向上や投資家からの信頼獲得につながっています。

採用市場・社会からの期待

人的資本の情報開示は、投資家だけでなく、求職者や社会からも強く求められています。
多様性や働き方、健康経営、ワークライフバランスなどの取組は、企業選びの重要な判断材料となりつつあります。

企業が人的資本の状況を透明に開示することで、優秀な人材の確保や定着、ブランド力の向上にもつながります。
また、社会的責任を果たす意味でも、人的資本開示は企業価値の向上に欠かせない要素となっています。

このように、人的資本の情報開示は市場・投資家・採用・社会のあらゆる面で、企業に大きなメリットをもたらします。
人的資本開示は、経営における「攻め」と「守り」の両輪として、今後ますます重要度が高まるでしょう。

人的資本開示の指針となる「ISO30414」

ここでは、国際規格ISO30414の内容や目的、企業にとってのメリットを詳しく解説します。

ISO30414とは?その目的と意義

ISO30414は、2018年に国際標準化機構(ISO)によって制定された、人的資本情報の開示に関する世界初の国際ガイドラインです。
人事・労務分野における重要な11領域、49項目について、開示・報告の基準が定められています。
これにより、グローバル企業間での人的資本情報の比較や、投資家・市場への説明責任が果たしやすくなります。

ISO30414の最大の目的は、人的資本の「見える化」と「価値の最大化」です。
各企業が自社の強みや課題を客観的に把握し、戦略的な人材マネジメントに取り組めるようになる点が大きな意義です。

また、ISO30414を活用することで、人的資本に関する国際的な信頼性や透明性が高まり、グローバル市場での評価向上も期待できます。

ISO30414で求められる情報開示項目

ISO30414が規定する開示項目は多岐にわたります。主な領域には、組織文化・リーダーシップ、多様性・インクルージョン、採用・離職、能力開発、後継者計画、健康・労働安全、エンゲージメント、報酬・福利厚生などが含まれます。
各項目の指標やKPIを定量的に開示することで、企業の人的資本戦略や成果が客観的に評価可能となります。

たとえば、従業員のエンゲージメントスコア、離職率、女性管理職比率、教育投資額、健康経営指標などが重要なKPIです。
これらを定期的にモニタリング・開示することで、自社の人的資本の現状や改善点が明確になります。

ISO30414準拠の情報開示は、グローバル投資家や外部ステークホルダーからの信頼獲得に直結します。
特に海外事業展開を目指す企業にとっては、ISO30414の活用が不可欠な時代となっています。

ISO30414活用のメリットと注意点

ISO30414に則った人的資本開示は、企業にとって多くのメリットをもたらします。
まず、自社の課題や強みを客観的に把握しやすくなり、経営戦略と人材戦略の一体化が進みます。
また、グローバル投資家やパートナーとの信頼関係構築、市場での競争力強化にもつながります。

一方で、単なる開示項目の数字合わせに終始しては本末転倒です。
重要なのは、開示したデータをもとに組織文化や人材育成を実践し、持続的な企業価値向上へと結び付けることです。

ISO30414を“形だけ”でなく、経営の現場で活かす工夫と取り組みが問われます。
人的資本開示は「戦略的な企業変革」の出発点として活用しましょう。

日本企業に求められる開示内容

日本企業が今後取り組むべき人的資本開示の具体的な内容やポイント、法的動向を詳しく解説します。

可視化と実践の連動―戦略的アプローチ

日本企業が人的資本開示で重視すべきは、「可視化」と「実践」の連動です。
ビジネスモデルや経営戦略を明確化し、それに基づいて求められる人材像や育成計画、KPI設定を行いましょう。
戦略と人材の「整合性」が、投資家や市場の信頼につながります。

具体的には、女性活躍推進や多様性の確保、働き方改革、健康経営などをターゲットとしたKPIを設定し、進捗をモニタリング・開示することが重要です。
また、データ収集と開示サイクルの定着も必要不可欠です。

人的資本の「価値向上」と「リスクマネジメント」を両軸に据えた開示が、日本企業の競争力を高めるポイントとなります。

開示項目の具体例と法令動向

2023年3月期から、有価証券報告書において「女性管理職比率」「男女間賃金格差」「男性育休取得率」の3指標と、「人材育成方針」「社内環境整備方針」の開示が義務化されました。
これらは、ダイバーシティ推進や人的資本投資の成果を社会に示すための重要な指標となっています。

今後は、健康経営指標(ホワイト500)、女性活躍推進指標(えるぼし、くるみん)、コーポレートガバナンスコードでの人的資本関連項目も、開示のベースラインとなっていく見込みです。
さらに、スキル取得状況や教育研修への投資額・効果測定など、より多様な項目での開示が期待されています。

開示義務化が進むなか、単なる「義務対応」にとどまらず、独自性ある開示で差別化を図ることが重要です。
人的資本の開示は企業ブランド構築の強力なツールとなります。

開示の実践ポイント―定量・定性情報のバランス

人的資本開示では、KPIなどの「定量情報」だけでなく、取り組みの背景や課題、今後の方針など「定性情報」もバランスよく伝えることが大切です。
数字だけでなく、どのような意図で人材戦略を進めているかを明確に示しましょう。

また、外部ベンチマークや業界標準と自社の状況を比較し、強みや課題を客観的に伝えることも有効です。
情報の透明性や信頼性が、投資家や社会からの評価につながります。

開示内容を「自己目的化」せず、実効的な人的資本経営の推進力とすることが、持続的成長のカギです。

人的資本の開示に向けた3つのアクション案

ここでは、人的資本開示に取り組むための実務的なアクション案を、企業の成熟度に応じて3つ紹介します。

1. 守りの開示―体制構築とデータ収集

これから本格的に人的資本開示に取り組む企業は、まず「守り」の開示からスタートしましょう。
多様性や働き方など、共通化した項目のデータ収集・開示体制を整備し、KPIや目標を設定します。
例えば「女性活躍推進」「男性育休取得率」など、法令や社会的要請に対応した項目に注力します。

社内における情報収集の仕組みを構築し、継続的なモニタリングと改善サイクルを回すことが重要です。
競合他社や市場ベンチマークとの比較も有効で、課題把握と改善につなげましょう。

まずは着実なデータ管理と開示体制の定着が、信頼性ある人的資本開示の第一歩となります。
「守り」の開示は、リスクマネジメントにも直結します。

2. 攻めの開示―独自性と差別化

一定の開示体制が整った企業は、「攻め」の人的資本開示にも挑戦しましょう。
社会や投資家が注目する独自項目(例:デジタル人材育成投資、イノベーション人材比率、シニア活躍施策など)を開示し、他社との差別化を図ります。

また、人材戦略と経営戦略の連動性や、人的資本投資の効果(エンゲージメント向上、離職率低減、ブランド認知拡大など)を具体的に示すことで、市場や投資家から高い評価を得られます。
独自性あるストーリーや、社会的課題解決に向けた取り組みも積極的に発信しましょう。

「攻め」の開示は、採用力強化やブランド価値向上、投資家との対話深化にも役立ちます。
人的資本開示は“自社らしさ”をアピールする絶好のチャンスとなります。

3. 未来志向の開示―戦略的アクションと価値創造

さらに発展段階の企業では、人的資本開示を“未来志向”で実践しましょう。
人的資本経営のビジョンや長期戦略、イノベーション創出、社会課題解決への貢献など、未来へのコミットメントを開示します。

たとえば、AI・DX時代に対応したスキル形成、グローバル人材戦略、サステナビリティ推進、健康経営の深化などがテーマです。
また、人的資本経営のKPIをPDCAサイクルで運用し、実効的な改善と価値創造に結び付けることが重要です。

未来志向の開示は、企業ブランドの強化や、グローバル市場での競争力確保、社会からの信頼獲得に直結します。
人的資本開示を「企業変革の起点」にできるかが、今後の成長を左右します。

人的資本の情報開示は人事部門の変革のきっかけになる

人的資本開示の推進は、人事部門にとって大きな変革のチャンスです。ここでは、人事部門の役割変化や新たな価値創造の可能性を解説します。

人事部門の役割進化―戦略パートナー化

従来の人事部門は、給与計算や労務管理などオペレーション中心の役割が主でした。
しかし、人的資本経営時代には、人事部門が経営戦略の“パートナー”として、企業価値創造に直接貢献することが求められます。

人的資本開示を通じて、人事部門は自社の人材戦略や組織開発の全体像を「見える化」し、経営層や現場部門との連携を強化できます。
データドリブンな人事施策や、KPIに基づく人材投資の最適化など、より戦略的な人事が実現します。

今後は、人事部門が「経営の中核プレイヤー」として、企業の成長エンジンとなることが期待されています。

人材データ活用と意思決定の高度化

人的資本の情報開示により、従業員データや組織データを活用した意思決定が可能になります。
例えば、離職率やエンゲージメントスコア、教育投資額などのKPIをもとに、課題の特定や施策の優先順位付けが明確になります。

また、データに基づく人事施策の効果測定や、外部ベンチマークとの比較分析も容易になります。
人材データの可視化・活用は、組織のパフォーマンス向上や生産性改革に直結します。

人事部門は、データ活用を通じて企業の変革をリードし、新たな価値創造に挑戦できるようになります。

人事部門と経営・現場の連携強化

人的資本開示の推進は、経営層・現場部門との連携強化にもつながります。
人事データや組織課題の「見える化」により、経営層との対話や意思決定がスムーズになります。

現場部門とも連携しながら、働き方改革やダイバーシティ推進、健康経営などの全社的な取り組みを加速できます。
人的資本開示は、社内コミュニケーションの活性化や従業員エンゲージメント向上にも効果的です。

人的資本開示は、人事部門が「変革の主役」へと進化する絶好の機会です。
新しい時代の人事を担うため、積極的なチャレンジが求められます。

まとめ

人的資本は企業の持続的成長と競争力強化の中核を担う資産です。
人的資本経営の実践や情報開示は、投資家や社会からの信頼を獲得し、優秀な人材の確保・定着、企業ブランドの向上、社会課題の解決など、多くのメリットをもたらします。

ISO30414など国際的な指針を参考にしつつ、可視化と実践の連動、独自性ある開示、データドリブンな人事改革など、戦略的な人的資本経営を推進しましょう。
人的資本開示は人事部門の大きな変革のチャンスでもあり、企業全体の価値創造を牽引します。

今後ますます重要となる「人的資本」の理解と実践を通じて、時代をリードする企業を目指してください。